天の神様にも内緒の 笹の葉陰で


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毎日のお買い物でご贔屓にしているし、
時々イエスが アルバイトでお世話にもなっているハッスル商店街で、
七月最初の日曜に、七夕祭りというイベントが催される。
本来の七夕はあいにくと月曜なのでという繰り越しで、
みんなで短冊を提げましょうと大きな笹が設置され、
チョコバナナやタコ焼き、綿あめにリンゴ飴、
かき氷に人形焼きといった食べ物の屋台や、
投げ輪やヨーヨー釣りなど、縁日みたいな出店も出るし、
竹樋を使っての本格的な流しそうめんも企画されているそうだし、
七夕にちなんで、浴衣美人を選ぶ“織姫コンテスト”もある。
そんな中の一番のメインイベントは、
昼と夕方に1回ずつ催される“お宝さがし”で。
商店街でお買い物しましたというレシートを参加証と交換し、
エントリーした人たちが限られた時間内に競い合い、
商店街の中のあちこちへ隠されたカプセルを探すというもの。
ガシャポンのカプセルに賞品を記したカードが入っているそうで、
大型ハイビジョンテレビとか、ビールにお米券に高額お買い物券と、
相変わらずに大盤振る舞いな賞品が取り揃えられているそうで。
奥様大喜びなラインナップなせいか、
カリスマ主夫のブッダ様まで大乗り気なほどだし。(笑)
また、いわゆる“ミスコン”なのだろう、
浴衣で参加の“織姫コンテスト”では、
参加者が エスコート役の彦星を選んでいいよという特典があり。
あくまでも商店街関係者に限るけどネとしたところ、

 『あのあの、イエスさんもこちらの関係者ですよね?』
 『だって時々バイトしてるんだしvv』
 『あ、それ言ったら、
  ブッダさんっだって、こないだパン屋さんでバイトしてたよ?』
 『きゃあ、そうだった〜vv』

近隣の様々な高校へ通う女子高生の皆さんの
食いつきようが半端じゃあなかったそうで。
自分たちにまつわる そんな盛り上がりよう、
最初に聞いた折は どうなることかと案じたものの、
エスコートと言っても、壇上で“真ん中までどうぞ”って
手を取って案内するだけだと言われてホッとし。
それならお受けしてもいいですよと担当の方へも了解した最聖のお二人。
どうせならこっちも浴衣を着ようよと思いつき、

 「あったよ、これだ。」
 「わあvv」

きちんと畳み、帖紙(たとうし)に入れて保管していた
二人分の浴衣と帯と。
押し入れの整理ダンスから取り出して、
それもおまけでいただいた
“衣紋掛け”という着物用のハンガーへ掛けて吊るしてみる。
ブッダの浴衣は 今年も流行のポタニカル柄、
上品な掠れ具合で浮き出している、柳の枝や葉の柄が小粋な逸品で、
イエスの浴衣は
いろんな青や藍色のストライプが組合わさったモダンなもの。
濃色なのが色白な二人にはよく似合っていたよと、
どちらもなかなかに評判がよかったし、
どういうルートで広まったか
彼らがこれを仕立てたお店だというクチコミから、
汐潮呉服店さんも振り袖や浴衣の注文が増えたとのことだったが。

 「浴衣を着るのはいいけれど、
  私たち自分では着られないよね、これ。」

 「あ…。」

ちょっぴり悩ましげに眉を寄せたブッダなのへ、
イエスも“ああ…”と思い出す。
温泉や旅館の浴衣と同じでしょなんて、高をくくっていてはいけません。
寝返りを打っただけで はだけるようなゆるい着付けで、
表へ出てってどうしますか。
最近のは 着付けも簡単で、
何カ所か紐を結ぶだけなんていうのもあるそうですが、
こちらの浴衣は本格的な代物なのでそうもいかぬ。
特に帯の結び方は、男性のそれだとて、
ちゃんと覚えていないとなかなか難しい代物で。
着付けと言えば美容院…という蓄積なぞなく、
お年寄りで自分で着られる人なら
他人への着付けも出来るかも…というのも思いつけなかったのは、
それこそ外人さんなのだからしょうがないが、

 「梵天さんだったら、
  これの結び方の印も知ってるんじゃないの?」

そういえば、そちらも難しいだろネクタイを
何でそこで神通力を使うのやら(笑)
仰々しい印を結んで、ちゃんと(?)自分で結んでいる天部様だと
いつぞや言ってたブッダだったの、ふと思い出したらしく。
イエスが“出来れば教えてもらえないかな”と
そんな含みのある訊きようをしたところ、

 「知ってても知りませんよ。」
 「???」

何だか ややこしい言いようを、
しかも不機嫌丸出しなつれないお顔で
がっちがちに堅い語調にて返して来た釈迦牟尼様だったのは、
……まま ウチではお約束というところかと。(苦笑)
そのくらいのことなぞ、
恐らく出来なかないだろう物知りなお人には違いないが、
だからって何でまた、
あんなややこしい人を呼んで頼まにゃなりませんか。
異文化への蘊蓄というところでは同じ立ち位置のはずが
自分より先にイエスから頼られたのへもムッとしたし、
あの、何につけ訳知り顔な天部を
このピュアで愛しい人の傍へやたらと呼び招くこと自体
以っての外だと思っておいでの如来様。
とはいえ、
そこまでの機微へピンと来なかったらしいイエスの様子に、
子供じみた焼き餅もどきを
わざわざ自ら語る気にもなれなんだようで。
押し入れ前へ並べて吊るされた浴衣を眺めやることで、
少しは激高も冷めたのか、

 「図々しいかもだけど、呉服屋さんに頼んでみないかい?
  現場というか会場は商店街なんだし。」

何とか落ち着けた口調でそうと紡ぐ。
イベントとはいえ、花火大会や盆踊りじゃあなし、
他の皆様も大多数が普段着だろう中、
わざわざ浴衣姿でここから出掛けるというのも仰々しい。

 「コンテストの間だけの衣装みたいなものなんだし、
  その場で着替えさせてもらった方がいいと思うんだけど。」

慣れない下駄で延々と歩くのも疲れちゃうよ?と、
あくまでも合理的な案として持ち出せば、

 「あ、そっか。そうだね、その方がいいよね、うんvv」

そのままお宝探しにも挑戦するのだ、動きやすい恰好の方がいいものねと、
もう一つのお楽しみを思い出したらしいイエスが、大きに賛成してくれて。
玻璃色の双眸を弧にたわめ、
無邪気に喜んでおいでの伴侶様なのへ、
ちょっぴり言い訳がましい持っていきようで、
本当の“コトの順番”を誤魔化したのを気づかれなんだこと、
こっそりホッとしたらしい ブッダ様だったのでありました。




     ◇◇◇



とはいえ、当日いきなり頼んでもお忙しいかもしれないし、
何より不躾にもほどがある。
予約という意味からも前以てお話ししとかないとと、ブッダが言い出し、
今日のお買い物のついでに寄ってこうかと話もまとまり、
あんまり上天気とは言いがたい曇天の中、
早くもお出掛けすることと相成ったお二人で。

 「これも台風の影響なのかな。」

六月中とて晴れ間もないじゃあなかったが、
どっちかというと雨が多かったねという印象が強い関東で。
しかも梅雨前線による雨は大して降ってなかったそうで、
その前線が まだまだ消える気配がない以上、
雨催いのお天気も
なかなか引かないだろうこと請け合いというところかと。

 「それでも風が涼しいのは助かるけどね。」

気温自体もまだ低めなので、
湿度が高くても 蒸し蒸ししている感は低く。
この程度なら十分快適だよと、
Tシャツの袖口がはためく風へ ほっこり微笑うブッダであり。
ホントは豊かに長い髪も螺髪に結い上げている関係で
うなじから耳からすっきり出しておいでの彼自身からして
何とも涼しげな風貌をしておいで。
すべらかな肌は奥深い白をたたえ、
それがようよう引き立つ深瑠璃の双眸をやんわりとたわめ、
機嫌よく微笑って見せたりした日には、

 「そうだね、良かったよねvv」

何がどうというところ ちゃんと把握しているのやら、
うんうんと ただただ頷いて、
私も同意見ですとの相槌を打ちまくるイエスなのがまた、
如来様へと更なる笑いをふわりと誘う。
ささやかな切っ掛けから唐突に不機嫌になってしまったが、
やっとのこと朗らかに微笑った伴侶様なのへ、内心でホッとしたイエス様、

 “梵天さんの名前出しただけで
  ああも機嫌が悪くなるとは思わなかった。”

そこまで嫌わなくたってと苦笑しかかったものの、
イエスにとっての優先順位は、勿論のことブッダのほうが上なので、
この際、このまま忘れてもらいましょと、
彼の側からも当分は口にすまいと感じたらしく。

 “そうでなくたって、
  こっちを伺ってる人がいるみたいだし。”

見せているお顔はそのままながら、
だがだが内心では微かながら案じるような気分を抱える。
女子高生くらいのどこかの娘さんが、
何故だか自分を探しているらしい話を聞いたのは昨日だが、

 “女の子だっていうんじゃ違うなぁ。”

それにその子は私の特徴を訊いてたって話だしと、
ちょっぴり当てが外れたなぁなんてこっそり感じていたイエス様。
実をいうと彼もまた、
誰かしらからの視線のようなものを、この数日ほど感知し続けておいでであり。

 “二人一緒のときばかりだってのがなぁ…。”

それへと気づいて以降の外出というのがまた、
ブッダと一緒という形でばかりだったので、
どちら狙いなのかが判然としないのもまた落ち着けぬ。
ブッダがジョギング中に見かけたという 竜二さんの舎弟の皆様ならば、
いつぞやマラソンの応援団としてスリリングなドライブをご一緒した身だ、
イエスも誰がいるかは ほぼ知っている。
地上にやって来てもう随分になるから、
出会った人をすべて余さず覚えているかと問われれば
やや自信がないながら、(おいおい)
それでも、

 “今までにどこかで逢った人っていうんじゃ、なさそうだし。”

とんと覚えがないと断言出来るイエスであるのは、
気配を消してさりげなくと装っていても、
隠し切れてはない存在感が結構厚いからに他ならず。

 おお、どっかの芸能関係者かな、
 困るよね、地上デビューだなんて信者の皆さんがどう思うか。
 俺のイエス様が廉売されるのはイヤだ〜とかいう苦情が
 天界へまで届いたらどうしよか、なぁんていう

微妙な妄想もどきを思いつく暇間もなく、
何だろ誰だろと ただただ気になるばかりで落ち着けないのは、

  これって ずんと真剣真摯な
  見つめようじゃあありませんか?

信者の無垢な想いが寄せられてくる圧だとか、
女子高生たちからの 隠し切れてない意識のしようだのならば、
もっと温かでくすぐったいそれだが。
これはどちらかと言えば、重厚なほど張り詰めた思い詰め、
若しくは迫害へのネタはないかという粗探し系の感触がしてならぬ。
間違っても軽佻浮薄な雰囲気なぞ欠片もない重々しさであり、
そんな顔触れが 時折遠巻きにこちらを伺っているのへと、
イエスが先にピピンと気がついたのは他でもない。

 “こういう
  真面目にお慕い申し上げておりますという
  真摯が過ぎて重々しい空気といえば…。”

むむむと眉を寄せて案じてしまうイエスが思い描いたは、
それはそれは強敵なライバルの朧げな姿であり、

 “ブッダへの清廉で一途な信仰心を持つお人だとしか思えない。”

あれは昨年の秋ではなかったか、
天界からわざわざ降臨して来た明王殿がいたように、
慈愛の如来でありながら、
自分に厳しく、融通が利かないほど誠実で勤勉な釈迦牟尼様には、
そんなところをこそ崇拝するような質実剛健なシンパシーも多いようで。
小さき者からの愛らしい思慕なら、
イエスからの感慨も“微笑ましいなぁ”で済むけれど、
そうまで雄々しく頼もしい崇拝者ともなると、

 “私では太刀打ち出来ないじゃないよぉ…。”

想いの深さは誰にも負けぬ。
だがだが、力こぶではブッダ本ににさえ敵わぬ身。
ブッダを見守りつつ私まで観察されているのかなぁ。
あ、こら、そんな重いものをブッダ様に持たせるなとか、
マンガの立ち読みなぞという不品行、
ブッダ様の供にはあるまじき行為ぞとか、
そんな厳しい目で採点されているのかも知れないなぁなんて。
外出のたび、これでも内心ではドキドキしてもいたイエス様。


  何だか風雲急を告げている七夕前で、
  それぞれがひた隠しにしている想いの数々、
  それがこじれてのこの曇天かもしれないぞ?
(おいおい)








       お題 * 『胸騒ぎのメロンパン』



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  *すっかりと七夕も過ぎたのはしょうがないとはいえ、
   何かどんどんとお話が間延びしちゃったので、
   もはや10のお題では間に合いません。
   なので、実質 12くらいのお題になりそうです、どもすいません。

  *ネクタイ結びの印は、
   梵天さんが結んでいたのを見ていて覚えたと言ってたブッダ様ですが、
   今はもう、手で結んだ方が早いと学んでいらっしゃることでしょうね。
   リボンや組み紐の多彩な結び方とか、
   綺麗だしパズルみたいだと関心を寄せそうだし、
   器用なブッダ様なので すぐにも身につけそうだしvv

   ちなみに、組み紐の結び方が色々あるのは
   お茶の道具でもお宝の骨董品でも、
   部外者が勝手に開封したらすぐ露見するようにだそうですよ。

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